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鳴しろ信者である管理人の萌え吐き出し場&問わず語り。
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うう…やっぱり見なきゃよかった(涙)。
手ブロのトリコタグ内も腐の巣窟になっていた…orz…。
ええ、そうですとも。腐女子の後方支援は少年漫画作品になくてはならないものです。分かってますとも…。小松くんの、狼の群れに小羊一匹な感じ…腐の皆さんの目にはそう見えるのか…。1,2分いただけなんですけれども…。そうか、トリコ→松、ココ→松か…。恐れつつも予想はしていたが…やっぱりか。
はあ…。



解釈、なんてものは個人に任せればいい話なんでしょう。
作者としては絵で表現しきれなかった部分に関しては、読者にどう弄られようが仕方がないわけでね。要するに作品の余白や余韻、そういったものは読者のものなんですよ。読者の中に生まれていた願望に似た想像を否定したいのであれば作品として指示せばいいと思う。




まあ、何が言いたいのかと言えば、先だっての反省会の話です。
あれからというもの、私の中の作品の世界観が完全崩壊してしまい、今にいたります。
『しろがね』が人間に戻る、なんてのはまぁ…鳴海の手足の問題はあっても鳴しろに我が子を抱かせてあげられる事実の前には枝葉末節かなー、フウいるしなー、なので何とか許容できるのですが…もっとも、『しろがね』として永遠に生きていく必要がなくなった結果、鳴しろの相互依存の深さが今一つな感になってしまったのは否めません。それでも【鳴しろが幸せに未来を生きる】点では問題ナシです。


やはりどうしてもネックなのが、「鳴海と勝は二度と会わない」、これなんですよね。
鳴海には鳴海の、勝には勝の、それぞれへの想いや語りたいことがある筈なのに「ロケットは発射台を振り返らない」関係だから飛び立ったらそれっきり。ロケットは振り返らない、この言葉からは「勝が鳴海から巣立っていく、もう振り返ることはない」みたいな印象を受けますけれど、事実、もう会わない形を取るのだとすれば、勝が地球に帰還する前に鳴海の方から姿を消さないと物理的に会わなくするのは無理です。
人類の命運をかけて小さい身体で宇宙に飛び立ち、戦い、傷ついた心と身体で疲労困憊して危険な帰路に着いている勝を待たずに鳴海が姿を消すってありえないです。
某御方の「帰還後、勝昏睡説」の流れでもなければ鳴海が鬼畜以外の何者でもなくなってしまう。「鳴海と勝が二度と会わない」というなればその理由まで示して欲しい。どう理解しても作者の中には特に理由はなく、彼の思い描く『美しい男同士の別れの絵ヅラ』ありきなんだな、それに振り回されてるな、としか思えない。
仮に勝の知らないところで鳴海が姿を消したのだとしても、何で勝は鳴海に自分から会いに行こうとしないのか。


勝は作中ずうっと鳴海を想い、鳴海の背中に追いつこうとしてます。でも一方の鳴海はというと記憶をなくし、当初持っていた記憶の欠片すら見失ってからは、鳴海と勝の繋がりはありません。むしろ他の子供たちと鳴海の繋がりの方がずっと濃く、イリノイの子供たちなんかは一生の付き合いをしそうです。子供スキーな鳴海だけれど、彼の中での勝の比重ってのは読者が思ってたような重たいものではなかったのではないのか、そんな風な疑念を湧かせたのが「鳴海と勝は二度と会わない」ってことなんです。
そうだとすると何だかバランスが悪いことこの上ないです。勝の奮闘ぶりと鳴海の心情が噛み合ってない。「仲間が運んだシャトル」だなんて、鳴海に仲町連中を仲間呼ばわりさせたくらい気持ち悪いです。


『少女革命ウテナ』のエンディング、アンシーはウテナを探す旅に出ます。自分を救ってくれた、そしてどこかに姿を消してしまったウテナをアンシーは
「待っててね、ウテナ」
と探しにいきます。ウテナはアンシーにとって、自分を取り巻く殻を割り、運命を変えてくれた英雄。
それを思う度、もう二度と会わないでいられる存在ならば勝にとっての鳴海って一体何だったんだろう?って思います。
「語らずとも分かりあえる」?
勝から鳴海に伝えるべきことは山積しているようですが。それでも直接対面しないでも情報がやりとりできて問題なくて終了なら、間に人の口か機械をはさんでるってことで、そんなことで済ますなら熱の通ったコミュニケーションとりなさい。どこのニート?って話です。
因果のない運命をつむぐ神は無能だろう。


ここのところずっと、『からくりサーカス』を考える度にそんなことがグルグルしてます。
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