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鳴しろ信者である管理人の萌え吐き出し場&問わず語り。
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謎、っていうか設定が曖昧で大雑把っていうか(←本音)。
今日、白にショートショートに肉付けしたのを再UPしたのですが、加筆しながらどうしてもアクア・ウィタエの得体の知れなさに悩みました(答えは出ませんけど)。




『しろがね』になるのにはスプーン一杯で充分。
ギイがマリーに手渡された瓶、アンジェが持ち歩いていた瓶、あれが規定量なのでしょう。鳴海が飲んだのは本当に最後の最後に井戸の底に残ったヤツなので、 他の皆が大さじ1なのに、彼のは小さじ1、もしくは茶さじ1だったのでしょう。どれも表現的にはスプーン1杯に変わりありません。
それが全身にあっという間に行き渡る。


例えばね。
身体の中に『柔らかい石』があるアンジェやエレの「体内アクア・ウィタエ濃度」が変化しない、ってのは理解できるんですよ。体液が常にアクア・ウィタエに変化しているんだろうなぁって予想ができますから。
けれど他の『しろがね』はアクア・ウィタエの補充はできませんよね?出血する度にアクア・ウィタエの溶けた血液は減っていって、最後にはギイのように酷使された身体は緩やかに石化していくと解釈できる。
ここまでは理解できます。


疑問点1.
『しろがね』の身体の周りには発汗とともに蒸発したアクア・ウィタエが漂っている。それが自動人形の撒き散らすゾナハ虫を退治している。この理屈も分かり ますが、たったスプーン1杯のアクア・ウィタエがどこまで希薄になれば何十年もバリアを張り続けアポリオンを叩き、たび重なる出血に耐え枯渇しないでいら れるのでしょう?


疑問点2・
正二が勝に飲ませたアクア・ウィタエモドキは軽くおちょこ一杯はあったっぽい。自分が最初に飲んだと同量、またはそれ以上のアクア・ウィタエ成分を対外に 出してもまだ正二は『しろがね』のまま、しかも正二は何年も昏睡するくらいに血を抜いて村人を救っている(極少量の『しろがね』の血でゾナハを克服した黒 賀村人と、ちゃんとしたアクア・ウィタエを白銀から少量飲ませてもらっても完全には治らず『しろがね』になるしかなかったルシール・・・まじでここんとこ 納得いかんよ)。ならば『しろがね』はアクア・ウィタエを体内で増やすことができるのか?そうすれば疑問点1.は解決ができます。


でも、ギイのあの有様。
ギイと正二、何でか全く食い違う事象。サハラの連中のように造血が間に合わないくらいに一気に大出血して失血死ならまだ分かる。ギイなんて出血してからどれだけ時間が経っているか。
『しろがね』の血を万能薬扱いするようになってから、この作品の基軸って崩れてしまったように思えます。だからちっともエレの存在がありがたくなくなってしまう。
やっぱりミンシアが生身のままサハラで何とかなってしまったのが全ての失敗の始まりなんだな・・・ルシールの血数滴くらいであの業病を退けられるんなら、イリノイで鳴海の血は足りたよ・・・。ホント、残念。
ミンシアいらない・・・。サハラの戦いに人間の存在が必要なら『しろがね』になりきれない鳴海で充分だった。アンジェとだぶらせる存在として必要とすると、エレという孫を無視していることが後々違和感になる。


アクア・ウィタエの設定を後付けをしないですむように初めからきちんと練っておいてくれたらかなり世界観はしっかりしていたと断言できます。それから『しろがね』の血を便利アイテムにしないでくれれば『柔らかい石』の希少性も際立った。
先生の後付けには定評がある、なんて読者は甘やかしてはいけないと思う・・・。
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ギイの事だけ
【甘やかしてはいけないと思う】・・・(爆)

こりゃ難しい話ですね?
最近読んでない僕は迂闊には口出しできませんが、
ギイはママンやフラン人形で心折れたと思うんですよ、しろがねなのに余計な感情を持ってしまったと。

ウィタエに銀の感情が強く入っているのならば、持ち合わせては駄目な感情でウィタエ効果も薄くなるのではないのかと、僕はママン辺りからギイは弱っていく一方だったと思ってました。

冷酷なしろがね、その一方で感情をあらわにする鳴海と出会い、後ろめたさも在ったのかもしれません。

体内に入るウィタエの量は解りませんが、人体だけにその人間の精神構造によって効果も変わってくるのかもしれましんね。

あぁ~、やっぱ読まんと細部までは思い出せません(汗)
Posted by こう 2009.07.08 Wed 22:10 編集
難点です。
後付け設定の度にちぐはぐになっていき、エピ毎に「前と違くない?」みたいな人為的な複雑怪奇さが『からくりサーカス』からライトユーザーを遠ざけドロップアウト族を増やしている原因のひとつだと思うんですよ(ただでさえ取っつき難い絵柄なのに)。熱狂的『うしとら』ファンに「前作が面白かったら惰性で」とか「前作を汚されるような気がして許せない」とか今の『月光』のような位置づけ意見が多いのも分からないではないんです。

銀の支配と同居できない感情を抱き合わせてしまった結果、アクア・ウィタエの効果が薄くなるのならば根本的にやる気のないフウやアルメンドラは?これまた支配の薄そうな正二は?てか本筋と関係ないところで結婚していたロッケン教授は?まさにギイだけ感動的なシチュに持ってくな!って思っちゃう…ギイだけ緩やかな石化、それでも動ける…石化って末端からじゃなかったのか!ってもうツッコミどころ満載で…先生のご都合主義が炸裂です。

私は『からくり』の世界観が好きですからそれを崩す者は作者とて許しません(←タチ悪、笑)。
2009.07.09 Thu 05:36
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