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鳴しろ信者である管理人の萌え吐き出し場&問わず語り。
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藤田先生のツイッターで突如勃発した【からくりサーカス反省会】。
基本、読者の疑問に先生が答えるスタイルで進行してます。


からくりサーカスの裏話みたいなモノや、某掲示板での定番の疑問なんかに先生が答えていて大変興味深いのですが、反面ハラハラもしてます。多分、作者本人の言葉だけにかえって疑問符が増えてしまうのでは…という。
案の定、既に私の中にいくつかの不発弾が……もちろん、盛大に爆発して「これはいい!」ってのもあります。


今日はこれから用事ありで時間がないので出来ませんが、後で私なりの整理を兼ねた考察を入れてみたいと思います。ホント、今すぐ考察入れたい。何だかすごく燻ってるものがある(苦笑)。





帰ってきましたので早速、溜まってしまったものを吐き出してみたいと思います。
2/14pm4:00の段階での先生の返答を元に自分なりにまとめてみます。
今現在、私の中の大きな不発弾は2つ、
①「彼らは二度と会いません。ゴメンね。そのための九年間の連載なんだ。」
②「当然、ゆっくり人間になりますよ。」
です。
まずは①からいきましょう。




Q 物語中で面と向かっての鳴海と勝の再会がなかったのも意図的にやられたんですか?結局鳴海は勝と再会できたと理解したのでしょうか?

A
彼らは二度と会いません。ゴメンね。そのための九年間の連載なんだ。




さて。
藤田先生が鳴海と勝の再会シーンは作中で描かないと決めていたことは周知の事実です。鳴海と勝の再会シーンを楽しみにしていたファンは多かったと思われますが、作中での再会は結局描かれず、43巻の表紙をもって「3人でこんな風に笑えるようになったんだな」と幻の再会を想像したのではないでしょうか?
作品の中では再会シーンはなかった、でも勝が帰還した後に涙の再会を果たしたに違いない。
当然の如く、そう思っていたのですが!



先生の解答は上記の通りでした。



最初は「『作中で』二度と会いません」ってことなのかと思いました。けれど「結局鳴海は勝と再会できたと理解してもいいのか?」の問いに対して「ごめんね」であり、その後に「そのための9年間」と続いているわけで、二度と会わないってことは文字の如く、二度と会わない、ってことなんでしょう。
9年間の連載とは勝少年の成長譚。
弱虫だった勝が鳴海と出会うことで強い男になる話、勝はロケットで鳴海はその発射台。
鳴海を必要とするのは弱虫の勝、強くなった勝には鳴海は用無しなので、その象徴としての二度と会うことはない、ってことですか?
確かにね、発射されたロケットは地球に帰還したとしてもロケット発射台には戻ってきません。ロケットとロケット発射台はそのとき限りの間柄です。
だけど人情ってものはそんな冷淡で無味乾燥なものでもないと思いますよ?



大体、勝が地球に帰還する時分、地球上でまともに活動できるのはフウだけです。洋上に着水したのか砂漠に不時着したのは知りませんがフウのメイド人形が回収に向かった可能性が大きい、というかそれしか考えられません。その時に知らなかったとはいえ勝を宇宙に向かわせてしまった鳴海が完全スルーするとは思えません。ただでさえ子ども好きな鳴海が、例え自分と肩を並べるくらいに強い男になったとはいえ、自分よりずっと小さな身体の勝を出迎えずにいたわりの言葉もナシ、なんてありえないでしょう?ホント、ちささんのSSのように自ら帰還した勝の回収に行くのが鳴海のキャラ的に一番自然です。



また背中合わせの共闘の際、心の中で鳴海の名前を呼びながら号泣していた勝が地球に還って来た途端、鳴海と二度と会わない道を選ぶとも思えない。ひとりで頑張って泣かずにやってきた分、鳴海の前でだけ流せる涙もあると思うし、そもそも左腕を千切りながら自分を守りきってくれた命の恩人に一言もナシってのもありえない。自分と関わったことで『しろがね』になった鳴海と何も語ることがないわけない。それに鳴海の左腕は勝自身が冷凍保存したものなわけで、その接合術がうまくいったかどうか見届けないではいられないはずでしょう。鳴海にしたってその件での礼を述べる必要があります。
何より勝には、正二の記憶を辿った時に見たしろがねの過去や正二の想いの一切合財をしろがねに伝えるべきでしょう。そしてその時にはやはり、しろがねの伴侶である鳴海にも知らせるべきことだと思う。



しろがねの立場からしても勝の帰還には絶対に立ち会うでしょう。その時、彼女の隣に鳴海がいないわけがない。どうしたって「二度と会わない」のは不自然極まりない。
「『その後』二度と会わない」というのも、勝はいつかリーゼのいる仲町サーカスに戻るつもりでいるわけだし、仲町サーカスはしろがねの実家みたいなものだし、やっぱり何かの折には顔を合わせるのではナイデスカ?



もっとも鳴海の方で「勝に合わす顔がない」と言い、勝の方で「自分の中にはしろがねを想う気持ちがある、その間は(むしろしろがねには)会えない」と、双方で相手とは会わない方がいいと判断し、「出会えてよかった、もう会う事はないけれどありがとう」となっている可能性もないとは言えない。ただそうなると、しろがねは仲町サーカスに里帰りをすることはなくなるし、それを強いているのは勝と鳴海の意固地ということになる。これもまた鳴海のキャラじゃないんだよなぁ。



最終回、戦いが終わってから6年後の鳴海としろがねの会話からは、以来勝と会っていない印象はまるで受けません。「今頃どうしているだろう」でもなく「いつかまた会えるかな」でもなく、バカップルのイチャコラの合間に誇らしく思う弟&お坊ちゃまの話題を日常の一話題として語り合っています。
「二度と会わない」のであればそれなりの描写は要るでしょう。



私やちささんみたいな末期のからくりバカは(ちささんゴメン、笑)、「作品が終わった後も大好きなキャラが幸せに暮らせるかどうか」ということまでが大事なわけです。どうあったら一番自然か、ということを踏まえて一生懸命妄想するわけです。
どうしたって一番の幸せな未来を考えた時、勝や鳴海やしろがねが家族ぐるみの普通人の生活を送っている姿が浮かぶのですよね。物語の中では人間離れした活躍を見せ、不条理なくらいの業を背負った3人ですから、平和になった世界では人並みの平凡すぎるくらいの日常をあげたい、でもきっと彼らだから一筋縄ではいかないんだろうなー、くらいがちょうどいい。



藤田先生の中では「勝が一本立ちできた、それで鳴海の役目は終わり、だからふたりは二度と会わない」なのでしょうね。辻褄、というものは考えてない上での呟きなのかもしれません。
が、鳴海と勝が二度と会わないでいる理由が分からない。戦いが終わった後もふたりが会わないでいる必要がいったいどこにあるのか理解不能です。
今後、誰かの更なる質問で覆るかもですが、今現在では
作者はそう言いました、でも私的にはそれは不自然に思えます
とまとめざるを得ませんでした。

 

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