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鳴しろ信者である管理人の萌え吐き出し場&問わず語り。
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鳴海に関するQ&Aのあれやこれや。
まずは比較的さらっと消化できるものから。


書けるときに書けるだけ書いてみる。







Q
14巻でギイが鳴海に長イスの下を?といった時、昔ナルミな師匠がやっていた…とあったのですが、梁先生とギイの二人は面識があったって事でしょうか?

A
あったような気がします。当時のおれはそのつもりでした。




このセリフに関しては結局作中で回収されなかったので自分でこじつけSSを書いたりもしましたので、「師父とギイは面識があった」でFAがもらえて非常に満足です。
ギイが梁先生と面識があったとして彼が鳴海の師父であることも踏まえているということは、ギイは鳴海としろがねが出会いを果たす前から鳴海のことを知っていた可能性が生まれます。もちろん、鳴海が事故に会い治療を施している間に、可愛いエレオノールの伴侶として相応しいか身辺調査を行った結果、梁先生と繋がったので彼らが師弟関係にあることを知ったのかもしれません。でも、鳴海としろがねが運命の出会いを果たす前からギイが鳴海の人となりを知っていたから躊躇いなく鳴海を救出した、と考えた方がしっくりきます。即戦力になる素手でオートマータを倒せる男ですからね、一石二鳥です。



Q
英雄豪傑の心に吹く風、鳴海は止められましたよね?
ずっと伏線回収くるーと思いながら読んでましたらきませんでした
A
あの風は、達人の心の風です。悪い風じゃありません。仕方ないのです。死ぬ時が止むときなんですよ




フラーヴィオ戦で自分の心の中に吹く風について回想した鳴海。記憶に残る勝が心に吹く風をとめる鍵だったのではないか、そして自分は助けられなかったに違いない、そう思って奮起したわけです。
先生が仰るように死ぬ時が止むときなのであれば、しろがねと幸せに暮らすようになっても、戦いの場から一線退いても鳴海の心には風が吹き続けるのでしょう。心に吹く風は止める術はなく、せめて和らげるものなのでしょうか。
目的も無くただ強いだけの己の力は何のためにあるのか、何のために使えばいいのか、そう自問自答を繰り返していた鳴海はフラーヴィオとの戦いの中で「弱い者のためにある」と見出します。どこかでも書きましたが、1-3巻の鳴海にはその答えは出ていたのですが、7巻で再登場をした時により未熟な男として描くことになったので風が吹きまくることになってしまったのです。記憶と一緒にどこかに落としてしまったのかもしれません。
その答えを見つけ出すことのできた鳴海にとって結局のところ、鳴海の風を和らげる存在は勝でなくともよかったのでしょう。確かに勝は気づくきっかけになったけれど、勝が傍にいなくとも鳴海は心に吹き荒ぶ風に悩まされる描写は今後一切ないのです。鳴海が勝を思い出す描写もこの後なくなるのではなかったかしら?
そう考えると、読者が期待していたような鳴海と勝の関係がこの先起こり得ないのだ、というのは結構早い段階からフラグが立っていたのかもしれませんね。



Q
先生の想定では最後の鳴海はサーカス芸人として技磨けているのでしょうか? 下手なジャグリングしか見てないので気になります。

A
運動神経の悪い男ではないので、そこそこやってますよ。

 



そこそこやってくれれば充分です(笑)。
何となーく、拳法を習いたての頃の、ひとつのことが出来るようになるまでひたすら同じことを繰り返す練習の虫時代が思い出されます。地道に練習を重ねて、できるようになったらハイレベル。だから身に付けたスキルの完成度はすごく高いサーカス芸人になれたのかも。ただ、スキルがやたら少ないの(笑)。



Q

鳴海がアルレッキーノを沈めた『鎧武者の心臓を停める打ち方』はいわゆる『鎧通し』ですよね? 日本拳法や柔術に触れる機会が鳴海にはあったということでしょうか?

A
どこかで、柳生心眼流と触れ合ったのでしょうね。



あのシーンの鳴海もカッコ良かったなぁ…。
違う流派のスキルも身につけてしまう鳴海がまたイイ!
心に吹く風を自覚するようになってからはおそらく、(格闘スキル限定でなら)コツを理解すること、それを実践で使うことが容易くなったのかもしれません。




私的には「鳴海はそこそこのサーカス芸人やってます」ってのが嬉しかったかな。
運動神経でやってるんだね(笑)。
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