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鳴しろ信者である管理人の萌え吐き出し場&問わず語り。
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ブログの過去記事を見返していたら未UPのまま放置されていた記事を発見。
あの頃、記事が某掲示板に勝手に貼られたりして嫌な思いをしたから総括を止めちゃったんだよね…。
某ブログにて懐かしい話題が記事になっていたのでついつい(笑)。総括途中で不完全燃焼していた部分もあったのでこれを機会に最後までやってみる。


今更だし過ぎた話を蒸し返す感もあるけど、こんな辺境の地を覗く人も少ないのでいいよね。








閑話。
はるか昔、☆矢がアニメでやってた頃、原作連載中のアニメ化作品によくありがちな『アニメが原作を追い越しちゃったから足踏みのためのオリジナルストー リー』のターンの際に、キグナス氷河の師匠でクリスタルセイントってのが登場したんですよ。クリスタルセイントはアニメのオリキャラです。
その後、車田先生は原作で氷河の師匠としてアクエリアスのカミュってのを出しました。アニメでは既に師匠ポジのオリキャラを出してしまった手前、カミュを「師の師」だなんて紹介をしてました。アニメのオリジナルストーリーなんて大がかりな二次創作みたいなものですからねー、原作者の意向には勝てません。
当時☆矢のファンだった友達が「これってすごい嫌がらせだよ!」って嘆いてたのを思い出しました。
……笑えないな……。
閑話休題。





今回は、鳴海と勝としろがねと銀と金とフランシーヌ。





Q.勝、鳴海、エレオノール の3人はそれぞれ、喧嘩しちゃった3人(白銀、白金、フランシーヌ) の記憶を持ってたので、代わりに仲直りしてほしかったです;_;


A.そのつもりで描きましたよ。





この質問の主旨は分かるのですが、軸が少しズレているように私は思う。
そもそも論として、勝・鳴海・しろがね自体は相互に前世の絡んだやり取りをしていないのでその件で仲直りをする必要がなく、先生の言うところの「そのつもりで描きました」という答えすら見当違い、だと思う。
鳴海としろがねのゴタゴタに関してはフランシーヌ人形関係のものだから、やっぱちょい違う。
大体、作中でしろがねも鳴海も、勝=金=敵、と思っている節が全くない。ロケット発射直前のしろがねを救出する、その時点で勝は顔無しのDLを受けているのだけれど、しろがねはその事実を知らない。勝が勝以外の誰かであることを示唆するエピもなく、そのまま別れエンディングに至る…のでは?鳴海にしても同様で勝が自分の代わりに宇宙に行ったことが分かっても、そんな勝が勝でないと思う理由がない。仮にDLされた事実を知ったところで、命を投げ打って宇宙に飛んだ勝に対し、しろがねや鳴海が仲直りの対象だと見る意味がない。



「そのつもりで描きました」も何も、金である勝と銀である鳴海は作中で顔を合わすこともなく、お互いを金銀であると認識をしていないので仲直りの土俵にもあがってないし、しろがねにいたっては自分がフランシーヌの記憶を持っていると自覚した時点では物語の決着が9割9分ついている状態で、お話にもならない。
先生の言葉はあまり真摯な返答とも的確な解答とも思えない。考えてない、ただのフィーリングでしかない。



鳴海と勝は二度と会わないんだしね…
会わない者同士が仲直りって、前提からして違ってる。



本来、仲直りすべきは「勝・鳴海・しろがね」ではなく、「金・鳴海・しろがね」でしょう。鳴海としろがねは銀・フランシーヌの代弁者としての立ち位置があるけれど、勝は金を代弁する立場にないし、金自身が存在している以上、金は自ら自己主張できた。兄の記憶を持つ鳴海に対しても、最愛の人の記憶を内包するであろうしろがねに対しても。
でも作者はそれをさせなかった。
先生が描いたのは金と勝、同一人物による脳内討論、自己完結談義です。
事実上、鳴海と顔無しを直接対峙させて兄弟が話合う場を持たせることはなかったし(勝が黒幕と3戦したのにもかかわらず)、しろがねが鳴海や勝のようにフランシーヌの記憶を旅することはなかった(フランの記憶回想は少年誌上ではキツイだろうことを踏まえても片鱗すらない)からフランやフラン人形が金に対し訴えたかったろうことが、少なくとも読者に向けてでも発露される機会すら与えられなかった。



だから藤田先生は金と銀、金とフランシーヌ(そしてフランシーヌ人形)が仲直りする(かどうかは別として)場面は設けていないので「つもり」と言われても、そうは受け取れない。
もっとも『作者が白と言えば黒いものも白』傾向が強い方なので、描いたつもりと言うならばそうなのでしょう。読者はもっとコマの外やセリフの行間を作者の望むように読みこまないといけない。



これまで何度も書いてきたことの繰り返しになりますが、鳴海は鳴海で金と対峙し戦って話し合う場が欲しかった。確かに鳴海では金には勝てない。鳴海では金を説得できない。鳴海ではゾナハ病の止め方を聞き出すことはできない。もうそれは絶対です。
銀の記憶を持ち、立場上は憎む顔をしていながらも現世でもフランポジのしろがねと相思相愛である鳴海が何を言おうと、あの金が素直に話を聞くとは到底思えない。妬み、嫉み、独りよがりな発言に終始し、狂乱に拍車がかかり、鳴海の手足を分解して終わりです。鳴海は鳴海で冷静に会話が出来るとは思えないし、銀本人が介入したところで結果は同じだと思います。
私は鳴海が大好きですが、好きだからって何でもかんでも彼の出番が欲しいわけではないのです。



先生の仰るように、『太陽と北風』に擬えたら「鳴海は北風、勝が太陽」なんです。それでいい、それがいいのです。大切なのは鳴海の口を通してでも、兄弟が腹を割って話し合うことであり、それを聞こうが聞かなかろうが、金が銀の本心を知ることなんです。銀も時同じくしてフランシーヌに魅かれていたこと、彼女を幸せにしたいと求愛した衝動は何事をも凌駕していたこと、弟のことも大事に思っていたこと。
銀の本心を知ることでかえって手がつけられなくなりそうですが、鳴海の真の仕事はラストバトルに向けて金を煽ることにあると思います。



金は鳴海に何を言われようと持論を曲げるとは思えない。むしろ鳴海を負かすことで「兄よりも上位に立った、やっぱりフランシーヌは自分のものだ」、そう確信しそうです。そんな独りよがり男の心を打ち砕き、絶望させる役目にあるのがしろがねの中のフランシーヌの記憶でした。
金の間違いを指摘し、ボロボロになった鳴海を身を挺して守るしろがね、自分が愛する者を引き離してきた行為を目の当たりにさせる必要はあった(それによって良心が痛むかは別にして)。しろがねの口を通してフランシーヌの想いを金に伝える描写は特にいらないかもしれない、ただ読者に向けてフランシーヌ視点での回想は欲しかったところ。しろがねの行動の中に、金がフランシーヌを見つければそれでよかった。



鳴海で上げ、しろがねで落とし、勝で改心させて決着。
それぞれが話をするところでしっくりくるものを。
自分と対話すること3回。金はどうやら他人に自分の行い(本人は最善だと思っている)を指摘されることが嫌らしい。自問自答している分には傷つかずに済むものね。他人の苦言は耳に痛い。
先生のツイッタ上でのやりとりによく似てる。
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