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鳴しろ信者である管理人の萌え吐き出し場&問わず語り。
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雪が降ってきました。
けっこう白くなってきたので21時だけど娘と一緒にまっさらな雪に足跡の一番乗りをしに行ってきました。
さくさく、を期待していたんですけどね、べちょべちょで(笑)。即、帰ってきました。
明日はアイスバーンだな…出かけたくないなぁ(苦笑)。


前の記事をUPして間もなく、長かった反省会は幕を閉じました。
その中に「二度と会わない」の補足Q&Aがありましたので、私の方でも補足を。






Q
「鳴海と勝は二度と会わない」のは、勝が独り立ちした漢となった所で幕を降ろすためでしょうか?

A
比喩ですが、ロケット発射台がロケットを発射したらもうそれでいいのです。ロケットは振り返らないんです。



やっぱりロケットとロケット発射台ですか…と。
これは藤田先生がよく鳴海と勝の関係を説明するのに使ってきた比喩ですが、私はあくまで『作品の中における、勝という主人公を最終的に主人公たらしめるために鳴海という男の存在があった』という意味で受け取ってました。勝がロケットに乗ってラスボス戦に赴いた描写も含め、鳴海が勝に推進力を与え、勝が突き進むという意味でのロケットとロケット発射台です。
ところがこれは、彼らの戦いが終わった後の人生までも包括した比喩だったとは…。あれまあ。



この比喩だと、絵的に『飛び去った場所を振り向かないロケット』と『飛んでいくロケットを見送る発射台』というものが浮かびます。ということは後日談として振り向かないのは勝ということになります。勝側の事情から鳴海と再会しない、で、鳴海は「あいつはもう戻ってこないもんなんだ」と見守るだけってことですか?
うーん…。
現実的ではない、かなぁ…。



藤田先生のクセ、と言いますか、まず描きたいシーンや設定があって、そこに至るストーリーを展開する上でキャラを合わせる、その結果必然的に起こりうると思われる人間関係のやりとりを無視する傾向が見られます。それが不自然さとして読後に残るわけです。
今回のもまた、最初に決めた「鳴海と勝は二度と再会しない」という設定にこだわった結果、勝や鳴海のキャラや、作品の中に取り残されている義理や伝えるべくメッセージは置き去りなわけです。作者のそんなこだわりは読者には知る由もありませんから、こうやって???となってしまうのです。



前の記事にも書いたことの付け足しです。
正二にしろがねを託されたのは勝です。けれど伴侶となるのは鳴海です。鳴海がしろがねのことをこれからは支えていくのです。ならば勝には正二の想いを鳴海に伝え、その橋渡しをしなければなりません。しろがねがどれだけ両親に愛されていたのか、その想いを受けてしろがねを生涯守り抜く役目は鳴海にあるのだと、それでこそ勝の片思いだって昇華できるというものです。
なのに勝は振り返らずに鳴海とは二度と会わない。しかもリーゼをおいて放浪の旅に出る。
藤田先生は大団円だと仰るけれど、何とも煮え切らないエンドである印象は拭えません。
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