忍者ブログ
鳴しろ信者である管理人の萌え吐き出し場&問わず語り。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

「エレオノール」という名前はギリシア由来の「ヘレン」の変化形なのだそうです。フランス語だから"H"の発音が消えた「エレーヌ」が元なのだとか。ギリシア語で『輝くもの』の意らしいです。
名は体を表す、とは言いますが藤田先生もとてもいい名前をつけてくれたと思います。私的には「エレオノール」も「しろがね」も「鳴海」も大変気に入ってます。






でもSSを書いてるとたまに思うのです。
エレオノールは鳴海に「しろがね」と呼ばれる。そんでもって鳴海自身も『しろがね』なわけで。
『しろがね』はすんごくたくさんいたわけで、おまけに鳴海にとってけっこう忌まわしい思い出もある呼び名なわけで。
なのに何で鳴海は本名がちゃんとある彼女を「しろがね」って呼べるんだろう?
で考えてみた。


『しろがね』夫婦の正二とアンジェ。作中で「生殖力の低い」とは言われても「妊娠できない」とまでは断言されていないのでもしかしたら他にもお子さんのできた『しろがね』もいたかもしれませんが、多分初で唯一の妊娠・出産例だと思いたい赤ん坊、その子に「輝くもの」という名前をつけたふたりの想いとはどんなものだったでしょう?どんな想いをこめて自分たちの元にやってきた新しい命に「ようこそエレオノール」と声をかけたのでしょう?とはいつも思う。


自分に『エレオノール』と名付けてくれた親の顔も存在も想いも知らず、厳しい人形繰りの修行の最中名前を捨てろと言われ、別名を名乗り続けた甲斐あって結果本名を誰からも呼ばれなくなったしろがね。
しろがねが鳴海に昔語りをした時、「数奇な生い立ちのせいで『しろがね』と名乗らされている、エレオノールという本名があるのに」みたいな空気が漂っているような気がします。彼女的には本当は本名で呼ばれたいような…そんな感じ。彼女の話からすれば、『しろがね』というのは要するに「人形を壊す人形の名前」。『うしとら』でいうところの『お役目様』みたいな。それもあって『からくりサーカス』当初の『しろがね』は代々襲名制、って印象を受けます。


「自分は生きている人形である」という呪縛から解き放たれた時、『エレオノール』と呼ばれることを受け入れられる。エレオノールと呼ばれることが自分が確かな人間である証。な筈なのですが。
鳴海は「しろがね」と呼び、彼女もその呼び名を受け入れます。
原作の流れだと鳴海は「エレオノール」とは呼べないのかな…鳴海にとってはやっぱり「しろがね」なのかな…?読者的にも彼らの正常な姿は「しろがね」と呼んでいた初期だし。


ギイが仲町サーカスに転がり込むまでしろがねの本名を知っているのは鳴海だけでした。本名を明かされた時、そのまま「エレオノール」って呼んでくれそうな感じも無きにしも非ず。そんなわけで鳴海だけがしろがねを本名で呼べる特権を持っていたのですが(ギイは身内なので問題外)、フウが気安く呼びまくって、鳴海も憎しみの対象としての彼女を「エレオノール」と呼ぶようになっちゃって…。鳴海も記憶が戻ってからは何も知らずに「しろがね」と呼んでいたあの頃が懐かしかったでしょう。鳴海は「この女の持つフランシーヌ人形の生まれ変わり=悪の部分」を「エレオノール」の呼び名と一緒に捨てたのかもしれません。


そうなると何もかもを乗り越えた鳴海にとって彼女の過去もバックボーンももうどうでもよく、教会で目の前に立つ女はサーカスのテントで出会った「しろがね」という名のひとりの女であって、その一目惚れ時に認識したことが全てそれ以下でもそれ以上でもなく(一目惚れ説には納得してませんが)、『しろがね』に対する色んな思いもあるけれど細かいことも難しいことも全部頭からは抜けて、自然と出た叫びが「しろがねぇ!」だったのだろうな、と。
こんだけ考察してみたけど、鳴海は小難しいこと絶対に考えてないよ(笑)。


一方のしろがね的にも出会った頃の鳴海に戻って欲しいわけだから「エレオノール」って呼ばれることには余所余所しさを感じてたでしょうね。鳴海と出会うまでは本名が忌み名のように扱われ、「しろがね」って呼ばれることにどこか虚しさもあったかもしれません。でも鳴海と出会って、鳴海に「しろがね」と呼ばれた時から彼女は「しろがね」という名の女に生まれ変わって、「もう一度あの時みたいにしろがねって呼んで!」って日々願うようになってからは本名は置き去りですよ。鳴海は憎々しげにしか「エレオノール」って言わないし。
ならば本名だろうが隠し名だろうが源氏名だろうが構いません。愛する鳴海が愛情込めて呼んでくれる名前が、彼女にとっての「本当の自分の名前」です。「しろがね」に纏わる辛かったあんなことそんなことなんか光速で忘却の彼方です。


結論。
鳴海にとって「しろがねはしろがね」、しろがねは鳴海が笑って呼んでくれるなら何でもいい。
まさにバカップル解答。
ま、同じ親の立場からしたら哀しいですよ…多分、お父さんとお母さんは草葉の陰から泣いてると思う。でも娘が幸せならいっか、と諦めてくれてます。
だからせめて、時々は「エッちゃん」と呼んであげてね。
PR
ブログ内検索

Template "simple02" by Emile*Emilie
忍者ブログ [PR]