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鳴しろ信者である管理人の萌え吐き出し場&問わず語り。
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鳴海としろがね、それが私の癒しツールなんだなぁ・・・どんなときも。








「ああ、オレよか、強くなれるぜ。」
(第1巻 勝 第6幕 【約束】 加藤鳴海)





「じゃ…じゃあぼくも…お兄ちゃんみたく…?」
強くなれる?、と勝に訊ねられた鳴海が答えた力強い言葉。




鳴海って真っ直ぐな気性だなぁ、とつくづく思わされる一コマ。
単に気休めを言っているようには思えない。子どもに対しても一本気。



鳴海は自分もまた勝のようにひょろひょろだった。運動神経が悪くて、好き嫌いがあって、泣き虫だった。そんな彼は(皆さんご存知のように)生まれ来る兄弟のために強くなろうと心に決めたわけです。鳴海は弱い自分がどれだけ非力か知っている。弱い自分では自分のことで手一杯で、更に弱い小さな兄弟を守ることもできない。弱き者のために自分は強くなる。
弱さを知っている鳴海は、弱い勝の気持ちを理解できるわけです。だから本気で「おまえはオレよりも強くなれる」と励ませる。だから頑張れよ、と。



鳴海は拳法以外にスキルがないわけです。小学生時代の写真を見る限り勉強ができる雰囲気はないですし中国では拳法三昧で勉強なんか二の次三の次っぽいし、ゾナハ病の発作のせいでいつ死ぬとも分からない、そんな身体では病気と折り合いをつけるのが精々でまともな仕事にもつけないし。死と隣り合わせに生きている鳴海は、本当なら他人を励ます余裕なんてないはずなのに、弱い少年のために「強くなれるよ、おまえは」と真っ直ぐな瞳と言葉で励ませる。その一本気さが勝を喜ばせ、読者の心を打つのです。






勝も鳴海に出会ってなかったらどんな人生を歩んでいたことやら。




よくぞここまで・・・!と思わずにはいられない!





原作最終話、成長した勝は「僕も強くなれるかな」と名もなき少年に訊ねられて答えます。
「うん、僕よりもずっとね」
『からくりサーカス』という作品のトリを飾る言葉として選ばれたこの言葉、鳴海のオリジナルが如何に勝へ影響を与えたか、ということが窺えます。こういうシチュのときに使ってみたいと勝は思っていたのかな~、なんて匂いがして微笑ましい。それだけ1-3巻の鳴海は勝の指標になっているわけです。ただ・・・この少年が将来誰かを守れるくらいに強くなったとき、勝がそうしたように引用するか、勝の心に響いたようにこの言葉がいつまでも少年の心に浸透しているのか、となると微妙です。



確かに勝は弱さを知ってますが、
鳴海の口からそのセリフが出てくるまでにあった様々なやり取りがその場の勝と少年の間にはありませんし、勝が抱えていたような複雑なバックボーンは少年よりもむしろお嬢ちゃんの方にありそうです。そして何よりも、拳法しかスキルがない鳴海と違い、勝より強くなるのには並大抵ではないよね、と読者に思わせてしまうという最大のネックがそこにあります(苦笑)。驚異的な記憶力、剣術、体術、人形繰り、分解、IQ、鳴海譲りの心の強さ・・・・、「僕よりも強くなれるよ」、モンスター級の天才少年はそんなことは軽々しく言ってはいけません。
勝越えをする、それはどんだけ頑張ればいいのか、と・・・?



ああ、鳴海の心が受け継がれているんだな、とは思いますがそこにはツッコミどころが満載で・・・・感動は薄れてしまうのです。(勝のも名セリフだと思っている方、ごめんなさい。)





それにしても勝の学校にはずい分とたくさんのロクデナシがおりますね。
最近ではモンスターペアレント、なんて呼ばれていますが、ロクデモナイ親が育てるから子もロクデモナク育つわけです。(こんなことを書きつつ、自分が天に唾を吐いていないことを祈る。)子どもは親の言うことを真似ます。子どもは親の言葉は正しいと信じます。だから母親が
「所詮愛人でも大企業の社長の子どもを孕めば強いわよねぇ」
「社長の愛人になれるなんてよっぽど床上手なのね」
なんて、直接子どもには言わなくとも、子どもは大人同士の会話をよく聞いているものです。そして大人みたいな口を利くのがカッコいい、なんて思うものです。だから大人は子どもの前での話の内容や言葉遣いなんてものに気を配らないといけないんです。



そんなこんなで勝は家庭の事情をイジメのネタにされているわけなのですが・・・ようするに勝は母親が死ぬまで通っていた小学校に才賀家に引き取られてからも通っていた、ということですね?学区外になってしまったから車での送迎が必要になったと。子どもたちの服装なんかを見ると見るからに公立の子たち。
汚れてもいいような服で徒歩で通っている子どもたちが歩く歩道の傍らに黒塗りの大きなセンチュリーかメルセデスなんかが停まって、白い手袋をはめた運転手が恭しく後部座席のドアを開けるわけです。そしてそこからひ弱っちい勝が伏せ目がちに降りてくるわけですよ。大きな車で登下校する勝をクラスメイトは不思議がって、羨ましがって、家で親に言うのです、
「何で勝は車で学校に行くの?今まで歩いてアパートに帰ってたのにさ」
親はそれに答えます。
「勝君のお父さんは大きな会社の社長さんだったのよ。だから引越しして家が少し遠くになっちゃったから車なの」
「ふーん。何でお父さんと別々に住んでたの?」
「・・・・あのね、他のお友達に言っちゃダメよ。勝君のお母さんは・・・」
みたいな薄暗い会話があちこちから聞こえてきそうです。そこにあるのは妬みや嫉み。子どもたちも大きくなって物が分かってくるに従って親と同じに妬みや嫉みがうつってくるのです。自分たちと毛色の違うものを排他する根性は子どもの方が顕著でしょう。



いっそ、自分の身の上を知らないような良家の子女の通う私立に通った方が勝にとっては幸せだったろうになぁ・・・クラスメイトに自分と同じような送り迎えの子いるだろうし、才賀だったら大口の寄付と一緒に転入させられるだろうし。そもそもが、才賀の家の子どもが普通の地元の小学校に通う方が体裁に響くと思うんだけどね、送り迎え云々じゃなくてさ。でも、小学2年生の勝は「友達と離れたくない」とかって思ったんだろうなぁ・・・そいつらが数年後に自分を苛めるようになるとも思わずに。





本当に勝って気の毒な子どもです。唯一の味方の正二は死んでしまった。理解者は誰もいない。誰も勝の話を聞いてはくれない。
そんな境遇の中、出会ったばかりの少年のために身体を張ってくれる、親身になってくれる鳴海の存在って本当に大きかったでしょうね。結果、勝の心の中に鳴海の言葉が根付くのです。



「ああ、オレよか、強くなれるぜ」
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