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鳴しろ信者である管理人の萌え吐き出し場&問わず語り。
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これ以降はレビューです。
お暇潰しにどうぞ。


 






オレはとんでもない運命への選択をしてしまったのかもしれない・・・
どこかで・・・
開幕のベルが静かに鳴っていた・・・
(第1巻 勝 第1幕 【開幕ベル】 加藤鳴海)





『からくりサーカス』は鳴海から読者への質問で始まります。そして第1話をしめくくる言葉が鳴海のコレ。






どこか芝居がかった雰囲気やキャラのポージングが私はとても好き。




『からくりサーカス』は3人主人公、という設定で始まったことは周知の事実です。その中でも物語の牽引を担うのがカトウナルミなんだろうな、ということが読者に印象づけるには充分な演出だと思うのです。この話もし出すと長くなるので自重・・・しながらも言わせてもらうと、やはり最終回での鳴海の扱いが軽すぎるな、と。成長した勝が最終回にトリを飾るのはいいのです。私が言いたいのは鳴海もまた勝と同レベルの扱いを受けて然るべき、ということなんですよ。



物語の冒頭でこの運命の選択をしたのは鳴海です。これから待ち受ける運命の大舞台が開幕したのを予感したのも鳴海です。けれど締めくくったのは勝。勝が締めくくるのもいいんです。ただ鳴海もまたその締めくくりに加わって欲しかったと言わざるを得ません。




例えば43巻の表紙のように3人の笑顔が並ぶようなエンディングならばそういった違和は覚えないと思います。だけど現実問題、鳴海と勝は顔を合わすことなく終わります。読者に「こんな再会を果たしたんだろうな」と想像させることに委ねています。鳴海としろがねのエンディング、そしてその後に別話の勝の大ゴマエンディング。3人を切り離したエンディングを用意し、〆のコマの大きさの一目瞭然の違いから最終回において作者が誰に比重を置いたかが顕著になってしまいました。3人が主人公なのではなく、勝が主人公だったのだ、と言うことが。



結果、物語の途中で主人公がすり替わられた印象を読者に与えるのでしょう。残念ですよ。3人主人公ならばそれを貫いて頂きたかった。
1巻のレビューなのに43巻の嘆きをしてしまいました・・・(汗)。失礼しました。





この時の鳴海は一般人です。
尤も、不治の病持ちで中国拳法を究めている、筋肉隆々の大男な一般人なんてあまり一般な感じはしませんけどね。
だけれど日々、いつ死んでしまってもおかしくないような生活を送っている。鳴海の目に映る世界は非常に狭いものでしょう。自分の命は非常に短いもののように受けてとめているような気がします。それでもその時その時で、自分にできる精一杯をして生きていく。苦しい発作が起きてはそれを鎮めるために誰かを笑わせる、笑わせなければならない。今を懸命に行き、一秒先の未来にも不安を抱くそんな毎日。



そんないっぱいいっぱいの自分がまさか、その夜に誘拐事件に出くわして、その翌日には左腕を失うような大事故に遭遇するなど思いもしないでしょう。





オレはとんでもない運命への選択をしてしまった。

 



まさにその通りです。チャートの矢印を「無視する」のままにしておけば笑わせるのが下手な彼のことですから近い未来に儚くなっていることでしょう。それが「話をする」に選択しなおしたばかりに、勝に出会いしろがねに出会い、大事故に巻き込まれ左腕を失い記憶を失い、死にかけて目覚めたらいつの間にか5年に1歳しか年を取らない『不死人』となり人形破壊者となり、不治の病から開放された代わりにわんさか業を押し付けられ、二度目に死にかけて目覚めたら今度は四肢全部がなくなっててロボット人間みたいにされて、好きな女に憎悪することしか許されず気が付いたら主人公でもなくなっていた(シツコイ)という波乱の人生を歩むことになってしまったのです。



何と言うとんでもない人生でありましょうか。鳴海の偉いところはこんなになっても作中で「何でオレばっかりがこんな目に」と言わなかったことですね。



この運命の選択をしてしまったがばかりに、鳴海が支払った代償は途轍もなく大きいものです。これ以降は否応なしにギイにアクア・ウィタエを注入されてしまうわけですから事実上、勝を「無視する」か「話を聞く」かの選択は、「『しろがね』にされちゃう」か「一ゾナハ病患者のままのたれ死ぬ」か、に結びつくのです。鳴海自身は己の人生最大の選択は行えていないのですよ、人間をやめるかどうかの瀬戸際だと言うのに(苦笑)。鳴海が「どんなでも生きていた方がいい」って考えられる人間だったからよかったようなものです。
そして大きな代償の対価として与えられたのが、そのとんでもない人生の果てにしろがねと歩む永い未来です。






鳴海の運命の相手、初登場シーン。
絶対にこの頃の藤田先生の方が女の子の描き方は上手だった。乳の大きさもスリーサイズのバランスも絶妙。





知っている者たちが死んでしまっても自分としろがねだけは残り、ふたりで生きていく。しろがねという女性をこよなく慈しむ自信がなければできないことです。
最終回、「それで満足」と言わんばかりの鳴海の笑顔には救われる思いが私はするのでした。
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