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鳴しろ信者である管理人の萌え吐き出し場&問わず語り。
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久し振りのレビューです。
今回は名セリフから引っ張ってくるのではなく、『からくりサーカス』に出てくる小道具(?)に絡めて書いてみます。






聖ゲオルギウス。
日本人の耳にはこの濁音の多さで異様に強そうに聞こえる名前。
『からくりサーカス』で【聖】を冠に頂くのはこれしかないので皆さんはもうおわかりのことと思われます。ドイツ語ではゲオルグ、イタリア語ではジョルジョ、英語ではジョージ、そしてフランス語ではジョルジュ。
そう、あるるかんと鳴海の腕に装備されていた剣に頂いた聖人の名前が聖ゲオルギウス(古代ギリシア語)です。ゲオルギウスのことを知りたければウィキで検索すれば細かく出てますし、【ゲオルギウスと竜】でググれば名立たる巨匠がこれをモチーフにして描いた絵画がヒットします。
その中でも私が好きなのはこれ。





 
【ゲオルギウスと竜】 カルパッチョ(料理名にあらず人名)作。
地面には壮絶な竜の【食べ残し】が散乱。グロい。




ゲオルギウスが持っているのは剣ではなくて槍。
この絵がどんな物語に基づいて描かれたのかはそれこそググって頂いた方が詳細でしょうが、まぁ簡単に説明すれば、あるところに悪い竜が棲んでおりまして、人々は竜を宥めるために毎日羊を差し出していました。そのうち羊がいなくなり、仕方がないので今度は人間を差し出すことになりました。しかしその人間もいなくなり、とうとう王女が生贄となる番になりました。
そこに現れたのが聖ゲオルギウス。
ゲオルギウスは毒を吐く竜の口に槍を突き刺し、大人しくさせるとその国の者に言います。
「キリスト教に改宗すれば悪い竜を退治して差し上げましょう」



キリスト教の聖者伝説とギリシャ神話の英雄譚が合わさって生まれたのが英雄・聖ゲオルギウスの竜退治ストーリー。要するにゲオルギウスはキリスト教、竜は異教の暗喩であり、宗教による異国の征服が題材と言われています。ちなみにゲオルギウスはこの後に赴いた異教の地で捕えられ、異教徒として、刑に処せられ殉教者となりました。



とまぁ、こんなところが『からくりサーカス』でお馴染みの聖ジョルジュの剣の名前の由来なわけです。ギイも「ドラゴン退治の聖人の名を持つ武器」だと鳴海に説明してます。
さて、ここまで読むと聖ゲオルギウスは某宗教団体の広告塔みたいに思えますが、どうして藤田先生がこの剣にかの聖人の名前を与えたのか、となると「やっぱり藤田先生って勉強してるんだなぁ」と思ってしまうのです。私がそう感じただけで、実際に先生が意図してこの聖人の名前をつけたかどうかは分かりませんよ?
ただ、この【聖ゲオルギウスと竜】の題材が流行った頃、確かに布教における争いもあったでしょうが、とにかく疫病や飢饉・災害で弱い人間はバタバタと死にゆく時代で、竜はそういった抗えない災厄(人間の心の醜さも含めて)の象徴だったと思われます。ペストは15世紀だけで7回も大流行したそうですから。



死が避けられない恐ろしい病に立ち向かう英雄の名前がつけられている剣が、ゾナハ病に立ち向かう鳴海の腕についているってのがなかなか巧いな、と思うわけです。
そしてゲオルギウスは農民と兵士の守護聖人。
考えが穿っているかもしれませんが、「農民=クローグ村の人々」と「兵士=死ぬまで戦うことを定められし『しろがね』」の守護者たれ!と白銀が思い、遺していくマリオネットの武器にゲオルギウスの名前を与えたのだとしたらまた深いかな、と。



続きましては、そんな武器の作中での呼び名の怪です。





 
しろがねは英語での呼び名「セント・ジョージ」。




ギイはフランス語での呼び名「サン・ジョルジュ」。





これは誰もが思うでしょう。どうしてジョージとジョルジュ?
製作者である白銀は世界各地を渡り歩いたことで語学力は達者だったと思われます。そんな彼の溶けたアクア・ウィタエを飲んだ『しろがね』の皆さんも同様です。でも『しろがね』のスタートの地がフランスであり、皆さんフランス語を話す以上、「ジョルジュ」で定着していたと考えるのが自然だと思うのです。博学であり、原典は「聖ゲオルギウス」だと分かっていたでしょうが、その名で呼んでいないのだから。
でもしろがねは「聖ジョージの剣」と呼ぶ。
しかも、アンジェの死後あるるかんは正二が預かっていたわけで、しろがねがオリジナルのあるるかんを操ったのは初登場時のテントの中が初めてということになります。しろがねが回想シーンであるるかん(両手つき)を操っているけれど、それは量産型の練習用あるるかんということになりました。



どこかで「エレに深い『しろがね』の事情を教えたくないギイがあえて英語名で言った」という意見を見ましたが、上記の結果、しろがねにあるるかんの操り方を教えたのはキュベロンでの三婆であった以上、ギイの細やかな配慮は排除されてしまいます。では、三婆もしろがねに「聖ジョージの剣」という呼び名で教えていたのか。これもまたピンときません。「ジョルジュ」と「ジョージ」、呼び名を変える意味がまるでないのです。となると、三婆は「ジョルジュ」って言ってただろうから・・・しろがねがどうして「ジョージ」の呼び名に拘っていたのかがよく分からない。



一瞬、銀由来のアクア・ウィタエでないが故に小エレのとんでもない物覚えの悪さにどちらも聖ジョルジュの剣だと教える方もこんがらがるので、
「これからは便宜上、右の腕についている剣をジョージ、左についている剣をジョルジュと呼ぶことにしましょう」
というならまだ分かるかも、って思ったんだけど、再会した鳴海に襲いかかられてその腕を見て「それは・・・聖ジョージの剣!」ってやっちゃってるからなぁ・・・。しろがねにとってのこれはどうあっても「ジョージ」なのでしょう。



フランス語圏での生活が長かったしろがねがあえて「聖ジョージ」と呼ぶ理由。
結論、答えは分かりません。
はっきり言って枝葉末節もいいところです。読んでてそれが喉につかえる鯵の小骨みたいだと思っても、ご飯を一口丸呑みすれば取れるレベルのものでしょう。
でも、考えてもみてください、伏線張りに定評のある(と言われる)藤田先生が意味もなく呼び名を微妙に変えるなんてこと、あると思いますか?ホント、枝葉末節部分なんですよ。一番最初にしろがねが「聖ジョージ」と言ったのならギイにだって「ジョージ」って言わせればいいじゃない?それをあえて「ジョルジュ」にしている。藤田先生の頭の中にはそんなささいなことに何かの謎が隠されていて、答えも用意してあった筈なのですよ。
そしてそれはしろがねの秘密に繋がっていた筈なのです。



初登場時はミステリアスな美少女だったしろがね。
でも、彼女のいないところで、しかも物語の中盤で勝手に謎は解明され、すっかり丸裸にされてしまった結果、後半は謎めいたところが何一つないどころか「鳥頭」と揶揄される、ボディバランスも微妙なキャラにされてしまいました・・・(涙)。
藤田先生は正直、ヒロインの扱いがぞんざいだと思います。
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